犯罪の責任追及は、国による刑事裁判と、犯罪被害者等による民事裁判によっておこなわれるが、もとは同じ犯罪行為から生じた責任の追及だから、刑事裁判も民事裁判も、審理の対象や証拠は重なり合っている。証拠調べの法則に違いがあるとしても、二つの裁判所、裁判官が、同じことをしているのである。
民事訴訟は、刑事判決後に提起されることが多いから、その判決は、大幅に遅れることになる。
裁判は、犯罪被害者等にとって、精神、時間、労力、費用の面で多大の負担をともなうが、もし同一の裁判所、裁判官が、刑事裁判と民事裁判を扱ってくれるとすれば、犯罪被害者等の負担が大きく軽減されることは間違いない。
刑事裁判と民事裁判を、同一の裁判所がおこなうのが、附帯私訴制度である。
この制度は、ドイツ、フランスを中心とする大陸法系の国で発達しており、わが国でも、旧刑事訴訟法時代には存在したが、米国法の影響を受けた1948年の法改正で廃止になった。この廃止を惜しむ声は当初からあり、法務省も、1997年、犯罪被害者の被害回復制度について国民から意見を公募したとき、その検討項目のなかで、附帯私訴、訴訟参加の可否をあげているほどである。
当会は、訴訟参加制度とともに附帯私訴制度に大きな関心を持ち、2002年、学者、弁護士を中心とするヨーロッパ調査団をドイツとフランスに派遣した。その成果は、同年12月17日刊行の『ヨーロッパ調査報告書−被害者の刑事手続きへの参加をめざして−』に纏められている。
フランス、イタリア、オーストリア、旧東ドイツ等多くの国では、私訴権行使による附帯私訴が活発におこなわれている。旧西ドイツや現ドイツではあまりおこなわれていなかった。
これは、裁判官が、附帯私訴の申立てを理由を付さないで却下でき、しかも却下に対する不服申立て制度がなかったために、民事裁判までしたくない刑事裁判官が却下を続けたことに原因がある。
ドイツの司法省の担当者はこの風潮を憂い、却下決定には理由を付し、不服申立てできる法改正を準備中とのことであったが、2004年改正が実現した。
当会は、この調査に基づき、2002年12月から「犯罪被害者のための刑事司法」「訴訟参加制度」「附帯私訴制度」の実現を求める全国的な署名運動を展開した。
その数は55万人を超え、小泉総理大臣も犯罪被害者の保護救済を約束されるなど、国民的関心を呼び、昨年12月の犯罪被害者等基本法成立のきっかけになった。
当会は、ヨーロッパ調査後も、研究を続けてきた。
2004年7月8日には、『訴訟参加制度案要綱』を公表したが、この度『附帯私訴制度案要綱』を公表することにした。
犯罪被害者等基本法も、犯罪被害者等の損害賠償請求について、その被害に係る刑事手続との有機的連携を図るための制度の拡充(12条)を謳ったが、これは附帯私訴制度を視野にいれたものといわなければならない。
『附帯私訴制度案要綱』は、もとより要綱であるから、細部について詰めなければならない部分が多く残っていることは承知している。しかし、制度の骨子は十分示されているはずである。
この制度の特色は大きく言って3つある。
- その1は、1つの裁判所が、刑事と民事の裁判をするということである(附帯私訴である以上当然のことであるが)。
- その2は、実質的には、刑事判決が出てから、はじめて附帯私訴(民事裁判)の審理に取りかかるということである。
- その3は、上訴審では、刑事と民事は別々の手続で審理するということである。
この要綱では、刑事手続のなかで、民事訴訟をおこなうという、大陸法的附帯私訴の発想が大きく修正されている。民事審理は、原則として刑事手続でおこなわないように組み立ててある。
犯罪被害者等は、刑事事件について証拠調べ請求、被告人等に対する質問等の訴訟活動をしたいとの強い希望を持っているが、これは『訴訟参加制度案要綱』の実現によっておこなうものと考えている。
もちろん加害者には資力がないことも多く、附帯私訴制度を導入しても、財産的被害が直ちに回復できるとは限らない。
しかし、民事訴訟は、犯罪被害者等が自己の尊厳を回復する重要な機能も有するので、そのためにも、訴訟遂行を容易にする附帯私訴制度が必要であることをご理解いただきたい。
附帯私訴制度の反対論者の理由は、『刑事裁判と民事裁判における手続に相違点(証明の程度、過失相殺などにおける立証責任の所在、自白法則、控訴審の構造等)があり、同一の手続でおこなうことに困難を生じる。
また、附帯私訴の申立人という当事者が増え、争点も増加するため、被告人側の防御の負担が増大し、訴訟が遅延するおそれがある。憲法上保障された重要な権利である被告人の迅速な裁判を受ける権利(憲法37条1項)が損なわれてはならない』(日本弁護士連合会)が代表的なものである。
しかし、この要綱は、刑事手続による刑事判決が出された後で、実質的な附帯私訴の審理を始めるのであるから、これらの批判は全く当たらない。
刑事手続のなかで、訴状と答弁書陳述のための口頭弁論を1回だけ開くが、その請求原因は、起訴状、冒頭陳述の範囲内で記載することになっているから、予断排除の原則に反しない。
ただ、第10の2項で定めるように、刑事手続に関する鑑定人、証人等が附帯私訴についても取調べが必要であるにもかかわらず、重ねて出廷することが困難であると予想されるときは、附帯私訴の立証に必要な限りにおいて、刑事訴訟法の証拠法則に従い、証拠調べをすることができることになっているが、これはきわめて合理性、必要性のある厳しい例外で、被告人の防御権を侵害するというほどのものではないし、このくらいのことで弁護人はたじろいではいけない。
争点増加、被告人の負担増大、立証責任、自白法則、控訴審の構造、いずれの問題もない。
刑事判決は、大部分が第1審で確定している。
これを原因判決とすれば、損害額や過失割合など僅かの立証だけで民事判決がなされることとなり、犯罪被害者等の負担は格段に少なくてすむ。
さらに、被告人にとっても、刑事判決の後で民事訴訟を提起されるより、事件全体の解決が早くなり、有利になるはずである。
以上のとおり、この要綱案によれば、反対する根拠もないのである。この要綱の公表により、附帯私訴についての認識がいっそう高まり、早急に実現するよう願ってやまない。
この研究に参加してくださったのは、諸澤英道常磐大学理事長、白井孝一、京野哲也、守屋典子、山上俊夫、高橋正人、前川晶、宮田逸江、池田剛志、松畑靖朗、久保光太郎、石山貴明、小林陽子、岡村勲の各弁護士であるが、フランスで実際に附帯私訴を体験された藤生好則さん、君江さんご夫妻、2002年の調査団の方々、当会の幹事、会員の皆さんからも貴重なご意見をいただいた。
これらの方々に、心からお礼を申し上げる次第である。
2005年10月28日
全国犯罪被害者の会(あすの会)
代表幹事 岡村 勲